採集紀行・青空の下で 




陽のよく当たる林道では、ヤナギの綿毛が粉雪の様に舞い飛んでいて、
どことなく浮世離れをした雰囲気を醸している。
山は葉が生い茂り、日向と日陰の割合は完全に逆転して、時折差し込む光にまぶしさを感 じる。
葉が茂って、山が森に生まれ変わった感じがする。
前回は見事だった石楠花の花はすっかりと色褪せており、散った白い花びらを踏みながら歩く。

数年前に開拓が終わった場所を掘り返すのが、前回と今日のプランだったが
収穫は10円玉の様な金色の雲母一枚だけ。
長石質が多くて石英は極ごく僅かという、この辺りではよくあるペグマであったが、
雲母が出るか出ないかで、その価値や可能性は大きく変わる。
そしてこの場所はとても希少なポイントだった。

ペグマの規模は割と大きく、何段かになっており、一見するとやり尽くされているように見えていたが
最上部には結晶形を表してはいないペグマが残っており、
そのせいであろう、訪れるたびに上は広くなっていった。
それに比べて、多くの土砂で埋もれた下部を掘る人はいないように思われたからやってみたが、
他者の判断の方が正しかったようで、撃沈であった。
しかしまあ、自然相手の賭けだから悪くはあるまい。
これでこの場所にきちんとケリを付ける事が出来たから、気持ちはスッキリとする。


お昼になって、お弁当を食べながら遠くを眺める。
無風に近く、聞こえるのは時々の野鳥のさえずりと、エゾハルゼミの合唱だ。
ここ最近になって鳴き始めたというような、不慣れで遠慮がちの弱々しい声も、
この新緑の頃をいっそう強く感じさせる。
秒針を見ながら聞いていると、だいたい15秒周期で大きくなったり小さくなったりを繰り返すが
まず先導役の数匹が鳴き出して、それに合わせて皆が合唱するというパターンは
どことなく、カトリックの宗教儀式を思わせる。
皆の息が切れて?合唱が下火になったのちに、先導役の気持ちが乗らなかったりすると、
そこで合唱は一旦終了となるが、このセミたちは天気には敏感で、
陽が陰っても、すぐさま黙祷を捧げるかのごとくに沈黙してしまう。
だから曇ってしまうと、陽射しは無くセミの声もしなくなるから、二重に寂しい森になる。
今日は天気は良いものの浮き雲は多いので、その移り変わりはめまぐるしい。
それにしても、セミたち全体の意識が音として伝わってくる不思議さはどうだろう。
リズムをもった合唱は、あたかも森そのものの意識のようでもあり、静かな感動を覚える。


私の周りでは、この世から去っていく人が出始めた。
そんな人たちにも届いたら良いなと思う1日であった。



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