採集紀行・青空の下で 



今年の山行きでこんな快晴は初めてではないか?
 そんな風に思わせるほどの好天である。

抜ける様な青空に縁取られた山をみると、「おー」とも、「ほー」ともつかない声が出てしまう。
温泉に浸かった瞬間に漏れ出る声と同じ、体の力が抜ける瞬間のため息である。青空は命の素だ。
広葉樹はほとんど落葉し終わっているので、森はまるで青空に包まれた様に見える。
そして視界が開けた森は広々として、気持ちが良い。
地面を覆う苔類は青々として、こちらは、秋の紅葉とは無縁の様だ。
歩く時に口で息をしていると気がつかないが、鼻から空気を吸うと、森が香っている事が分かる。
苔が放つ香りなのかも知れない。

黒木の多い、やや暗い森を抜けると、「熊の森ゲート」とカラマツの明るい森が見えてくる。
空は目線の下まで広がる。
遠目にはいつもと変りのない森だが、良く見ると、いたる所に新しい爪痕がある。
そうか、熊は戻って来たのか。
だとすれば、訪れる人がいなくなったのだろう。
産地に着いてひと回りすると、確かに新しい掘り跡はわずかで
産地は落ちたばかりの落ち葉に埋もれて、止まっているかの様だ。

蚊取り線香をつける。熊手や鋏を出す。熊笹を切る。
慣れた手順で採集を始める。後はやっているうちにルーティーンが決まってくる。
いつもの様に頭付きは滅多に出ない。頭が無いか脈石がほとんどで、
時々、思い出したかの様に頭のある石が出る。小さく細身の物がほとんどだが、
このポイントならではの、バラエティに富んだ晶癖は、美しい物が多くて、掘っていても楽しい。
採集中の私の頭の中は、石の事だけになる。他には何も考えない。
頭上の青空さえも意識から消える。
時々水やおやつを摂る時だけ、周りの森を見て、今日が快晴であることに幸せを感じる。

昼食後に体を休める為に、ズリ山に仰向けになる。
ちょうど上にはモミの枝が広がっており、その上にはもちろん青空がある。
耳を澄ますと色々な音が聞こえる。
まずは森の音。遠くで木々の葉擦れの音が大きくなると、しばらくしてから風が吹く。だから、そんなタイムラグを楽しむ。
野 鳥の地鳴きも聞こえる。姿は見えないが、そこそこいるのだろう。
遠くで一瞬、ドンという音がする。鉄砲にちょっと似ているが、周りの山からの反響はない。
樹木の枝が 折れて地面に落ちた音だろうか? 
バイクのエンジン音も聞こえる。ヘリコプターの音がするし、ジェット機の音もする。
一人きりで自然深い奥山に居ても、周りには文 明を感じる。

採集を再開しても石の出は悪く、どちらかと言えば、じり貧。2時過ぎにお終いにする。
再び、熊の森ゲートをくぐって、風のない静かな森を一人、熊鈴を鳴らしながら歩き、車に戻る。
カップヌードルを食べたりお茶をのんびりと飲みながら、上から次々と下ってくる車や、
ゆっくりと影が伸びて徐々に暗くなるまわりの森を、ただぼんやりと眺める。
陽は甲斐駒ケ岳の辺りに沈む。




ホームに戻る